ひとり山歩き134 : 葛生町木浦原集落先から尾出山に登り、尾根沿いに大荷場木浦沢林道切通・氷室山経由で大荷場尾根を下る周回コースを楽しんできました。尾根には大部分に踏跡が見られました。処々に祠が祀られていて往時の山岳信仰が偲ばれます。
木浦原から尾出山(933m)〜氷室山(1120m)周回
204年2月9日(月) 晴れ
1 行程
自宅(5:20) = 木浦原三毳材展示林口(登山口)(6:25/6:50) − 尾出峠(7:40/7:45) − 尾出山(8:10/8:25) − 804ピーク(9:40/9:50) − 谷倉山稜線出合(11:00) − 氷室山登山口(大荷場木浦沢林道切通)(11:40/11:50) − 氷室山(12:35/12:40) − 大荷場尾根分岐(12:45) − 952ピーク(14:05/14:15) − 624ピーク(15:10) − 三毳材展示林口(15:30/15:45) = 自宅(17:00)
2 自宅 − 木浦原三毳材展示林口
 尾出山から氷室山まで尾根歩きをしてみようと考えた。木浦原集落から大荷場木浦沢林道を1km程進むと、右手に三毳材展示林の入口がある。ここから尾出山へ登り、尾根伝いに氷室山へ行き、大荷場尾根(勝手に名付けた)を下れば周回できることが地形図上で判明した。
 例によって夜明け前に国分寺町の自宅を出発する。葛生大橋手前で国道293号線から県道200号に右折し、秋山の木浦原集落を目指す(大橋から約12km)。ここから名称は大荷場木浦沢林道となり、集落の外れから1km先の右手に橋をみる。ここが三毳材展示林口で、尾出山登山口となる(中粕尾1/2500地形図で尾出峠に向かう破線のひとつ手前(南)の谷・・・地形図の所には道はない)。昨年の3月5日に尾出山からここに下っている。
路肩に車を駐めて、帰りに大荷場尾根から下る枝尾根の偵察を行い登山支度にかかる。
3 三毳材展示林口 − 尾出山  地形図の破線より南の尾根に明瞭な道
 秋山川に架かる橋を渡り、林道に入ると左手に三毳材展示林の看板を見る。沢の右岸を進尾出山頂むと、すぐ先に砂防ダムを見る。ダムの50m程先で斜面に取り付く作業道に入る。杉植林の作業道をジグザグに北東に登ってゆくと、約15分で尾根上に達する。この尾根の踏跡を忠実に辿る。大部分は杉植林の中であるが、時々自然林となる。振り返って大荷場尾根を観察しながらノンビリペースで進む。やがて尾根の左手を巻くように進み、いつの間にか谷筋を歩くようになる。このあたりは杉の枝や葉で踏跡が薄くなっているが道を失うほどではない。
 登山口から約40分、標高650m付近で左手の尾根に乗り移る。あとはこの尾根を進むと、尾出峠に達する。峠には東に寺沢林道(通常の登山ルート)、南東に高原山への踏跡を見る。
 峠から北へ登りにかかる。植林の中では3℃であったのが自然林となり0℃に下がる。おまけに風が吹き抜けるので顔が痛くなる。岩稜の尾根を10分ほど急登すると尾出山の頂上に到着した。勝道上人修行第二宿堂跡の石碑と石祠、二等三角点を見る。山名板はKA氏のものと他に一枚が目に付いた。
 山頂を丹念に調べると、残雪の残る北側への踏跡は認められた。百川林道方面に下る人もいることを確認し、後日の参考とする。西へ連なる尾根筋は山頂からは見えない。ましてや踏跡は見あたらない。 
4 尾出山 − 氷室山  出山直下で一苦労  大部分は明瞭な踏跡あり 
 先が読めなないので、意を決して西へ方向を定めて自然林の急斜面を下り始める。絶壁のような障害物がないことを祈りながら下ってゆくうちに岩質の尾根に乗る。途中にテープ表示を発見し、人が通れるのだと安心する。それでも思った以上に梃子摺ってしまった。西から北向きに方向を変えて登り返したピークからは、再度西に急斜面を下る。鞍部から北に向かう尾根に取り付くのだがこの付近が今日のコースで一番分かりづらかった。ひとつピーク(790m)を越して登り返すと第一ポイントの804ピークに着いた。このあたりは手前のピークで氷室山から大荷場尾根が伺えるだけで特に展望はない。
 804ピーク北西の外れに明治30年建之の石祠が祀ってあった。このあたりは修行者あるいは修験者が盛んに歩いたのであろうか。踏跡が続いているのが頷ける。鞍部では横根山、谷倉山と三峰山が認められた。処々に残雪があり、靴跡が残っていた。鞍部を過ぎると北西に登ってゆく。途中で男体山のてっぺん、横根山と石裂山を枝越しに見る。930ピークに達すると前方に送電鉄塔が見え始める。950ピーク付近は東電の巡視路になっているようで、293号と294号の標識を見かける(右下に見える鉄塔が294号)。次のピークで谷倉山からの稜線を合わせる。右には送電線と12月10日に歩いた谷倉山からの稜線が見えるだけ。
 このあたりからは残雪が連続している。動物の足跡を追って西に緩やかに登り、二つ目のピーク(1000m)からは緩やかな下り勾配となる。ブッシュに多少悩まされるが、残雪の上を歩くのはとても気袈裟丸山(右)と赤城山(左)  (氷室山神社付近から)持ちがよい。右下に東電作業道路と並行するようになり、やがて左下に大荷場木浦沢林道とも並行するようになる。切通のすぐ手前に二体の石祠と台座らしいもの見つける。残念だが字は読めなかった。切通の先端はコンクーリートの法面となっていてとても下りられない。仕方なしに5分程戻って東電の作業道路に下りて大荷場木浦沢林道切通に向かう。
 切通通過時刻が予定より小一時間遅れている。昼食をとりながら、進むべきか、このまま林道を下るべきか検討する。結論としては氷室山先の大荷場分岐の様子を探って最終的にどうするか決めることにした。切通から氷室山は一昨年3月25日に歩いて様子が分かっているので、地形図は殆ど見ないで済む。尾根の左手をトラバースして北西に進む。県境が北に向かうあたりからは南西に尾根の左手をトラバースする。椀名条山への分岐を過ぎると今度は尾根の右手を巻いて南に進む。この付近はずっと残雪歩きで気持ちがよい。右手に袈裟丸山から皇海山あたりが枝越しに伺える。氷室山はいつも右手を巻いて行くので、たまにはと尾根上を歩いて訪れる。氷室山の一番高い所には何もないので、すぐに神社に下りる。葛生町秋山にある氷室山神社との関係を調べてみたが、何の手がかりも得られなかった。石祠には大正6年10月と彫りこんであった。いつものことだが、神社のすぐ南で赤城山と袈裟丸山の写真を撮る。 
5 氷室山 −大荷場尾根の道筋(大荷場分岐付近) 大荷場尾根 − 木浦原  不明瞭な所も一部あるが、大荷場尾根は明瞭な巻き道が続く 
 予定時刻を過ぎているので、急いで大荷場分岐に向かう。残雪の踏跡を南に進むと、5分足らずで右(西)に黒石坂、前方右(南西)に十二山分岐の表示を見る。ここが大荷場分岐で左(南東)に向かう道が大荷場尾根である。大杉(桧だったかも、地形図を見ながらの歩行であやふや)並木の道を歩きながら、進むべきか戻るべきか考える。残雪があるとはいえ道筋が明瞭で更にテープ表示が多いので、三時間あれば尾出山登山口に戻れると判断し大荷場尾根を進むことにした。
 残雪の道を足跡を辿って最初のピーク(1040m)に向かう。ここから方向を東に変えて下ってゆく。やがて歩いているうちに気付くのだが、このルートはピークの右(西)側を徹底して巻いて進むようになっている。1030ピークを巻いて通過し東から南に変えて下ってゆくと、立木にたくさんのテープを見つける。足跡がそのまま南に向かうのと戻るのが付いているので、引きずられそうになるが、地形図をよく確認して東に向かう(こちらの尾根は雪が少ないので足跡は見当たらない)。尾出山(左)から高原山  大荷場尾根の伐採地から)
 東に進むと、テープ案内があるのと、すぐ先で石祠を見つけた。この選択が正解であることを確信した。余裕時間がないので地形図を首からぶら下げて見やすくしていた成果である。普段なら足跡を追って直進していたかもしれない。この尾根は最初は植林であったが、その後はずっと自然林の中を歩くので右手(西)に熊鷹・丸岩の稜線と左手に(東)に尾出山を枝越しに見ながらの歩きとなる。道筋はしっかりしているし、特に危険な所はない。
 東蓬莱山(807ピーク)と木浦原方面との分岐となる952ピークを見逃さないように、途中からは丹念にピークを通過して現在地をしっかり捉えながら進む。伐採材が散乱するピークの次が952ピークで三角点が設置されている。ここから主稜線(東蓬莱方面)から分かれ、南東に延びる尾根を下ることになる。この尾根もテープが目に付き、踏跡も明瞭でドンドン下ってゆくと、分岐から約10分、標高800m付近で前方が伐採地に出る。ここからは三峰山と高原山から尾出山(枝に邪魔されるが)望める。右下の谷に地形図破線の林道が確認できた。
 伐採地から下って登り返すと624ピークであるが、左手の作業道を巻いて通過する。このあたりは植林で左下へ下る尾根筋が見えない。624ピークの次のピークを巻いて通過した時(標高590m)に不明瞭な尾根筋を見つけ、ここから下山することにした(最近の低山歩きで植林なら大概のところは下りられるという確信があった)。最初から最後まで尾根筋のハッキリしない急斜面下降が続いた。幸い倒木とヤブが少なかったので助かった。大荷場木浦沢林道に飛び出すと、三毳材展示林入口が目の前であった。標高230mを10分で下降できた。大荷場尾根は道筋が明瞭で、徹底して巻き道がついているので、思ったよりは早く下山できた。今が至福の瞬間!! 
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