ひとり山歩き658 : 清水寺から関東ふれあいの道で桜峠経由で村檜神社に詣り、太平台CC付近から北尾根で晃石山に登り、青入山経由で清水寺に周回してきました。
清水寺から村檜神社〜晃石山北尾根周回
2017年3月12日(丹治) 晴れ
1 行程
@コースタイム : 自宅(5:25) = 清水寺駐車場(6:10/6:20) − 桜峠(6:40/6:45) − 舗装道出合(広戸集落)(7:05) − 羽田公民館(7:25) − 岩舟GC入口(7:35) − 大慈寺(8:05/8:10) − 村檜神社(8:15/8:25) − 県道75号出合(中妻集落)(8:30) − 県道75号別れ・太平台CC入口(9:20) − 尾根取付き(9:45/9:55) − 晃石山北尾根出合(10:15) − 晃石山(11:10/11:15) − 青入山(12:25) − 清水寺(12:15) − 清水寺駐車場(12:20/12:25) = 自宅(13:10)
Aルートマップ

2 自宅 − 清水寺
 雪山に行きたいのだが、骨折した小指の血行不良(?)を気遣って今回は2月27日(ひとり山歩き656に辿りそこなった晃石山北尾根を歩くことにする。太平山〜晃石山〜馬不入山を歩くたびに、桜峠の関東ふれあいの道・村檜神社5.2kmの道標を見て、村檜神社が気になっていた。今回は、清水寺から桜峠経由で村檜神社まで関東ふれあいの道をたどり、その後、太平台CC付近から晃石山北尾根に取付くことにする。最後は晃石山の西に位置する青入山(390メートル級ピーク)から清水寺へ戻ることにする。
 今回も山で日の出を迎えようと検討したが、適当な場所が見つからないので、充分明るくなってからの歩き始めることにする。自宅から清水寺駐車場まで約20km、一時間たらずの運転で長野の山に行くに比べたら物足りない(?)。一番乗りで清水寺駐車場に到着。 車載温度計2度
3 清水寺 − 桜峠 − 檜神社  道標の整備された関東ふれあいの道だから地図なしでも歩ける
 駐車場から舗装道を西へ約200メートル進むと登山口に達する。ここから桜峠までは、2年11月20日(ひとり山歩き68)で歩いて以来で、道筋の記憶は全くない。丸太階段を含めた通常の山道でよく整備され歩きやすい。桜峠は何度も通過しているが、村檜神社の道標を見るたびにいつかはと思っていた。今までは北西に見える山など気にもかけていなかったが、諏訪岳がピラミッド状に見えている。峠から村檜神社までは関東ふれあいの道で5.2km、今日は山歩きというよりは道路歩きが主になりそう。

左: 桜峠への登山口(駐車場から約200m) 右: 普通の山道


左: 丸太階段あり 右: 桜峠


左: 桜峠(晃石山〜馬不入山縦走路は左右、村檜神社は手前へ) 右: 北西に諏訪岳(中央奥)
 峠からは土道だが丸太階段が設置されて歩きやすい。数分下ると林道出合で村檜神社まで4.9km。関東ふれあいの道だから道標は要所要所に設置してあり、進行度の目安になる。林道出合から少し下ると錦鯉放養池が全部で六ヶ所続いて、広戸集落で舗装度出合となる。以降は延々と大嫌いな舗装道歩き。こんなこともあろうかと、今日はローカットの靴を履いてきて正解だった。

左: 丸太階段をまじえて土道を下る 右: 林道出合(村檜神社4.9km)


左: 最初の錦鯉放養池(全部で6池) 右: 広戸集落で舗装道出合(村檜神社4.2km) 以降は晃石山北尾根取付きまで舗装道歩き


左: 羽田公民館隣りの岩舟給水施設(村檜神社2.8km) 右: 岩舟GC付近から諏訪岳
 道路分岐には道標がたつので、地図なしでも歩ける。羽田公民館付近で岩舟給水施設とその隣りに真性院、岩舟GC付近で諏訪岳を見かけたりしながらの歩き。地図だけで歩くとなるかなり苦労しそうだが、関東ふれあいの道の道標に従って左折右折も問題なし。村檜神社手前に大慈寺があるので、寄ってみる。
小野寺山大慈寺 「大慈寺HP(http://www.cc9.ne.jp/~daijiji/)による」
◎大慈寺(小野寺山 転法輪院 大慈寺)は聖武天皇の天平9年(737年)、行基菩薩によって開山建立されたと伝えられています。別名を小野寺とも、大雄山鎮国千部道場ともいいます。。開祖行基の後は、二祖道忠様、三祖広智様と法が伝えられます。
◎最高に勢力があったときには、広い敷地に七堂伽藍を備え修行僧が何千人もいたといわれています。 伝教大師最澄様がおいでになり、天台宗の東国発展の基礎を築かれたお寺であります。その折、全国六か所に建てようとされた相輪塔の一つを境内地に建立されました。
◎さらに、円仁様(後の慈覚大師)が9才から15才までの6年間にわたって修行を積んだ寺、四代住職になった寺でもあります。この円仁様は、世界の三大旅行記と評価されている『入唐求法巡礼行記』を書いた僧侶として世界的に知られています。

左:大慈寺入口 右: 山門


大慈寺本堂と大師堂
 村檜神社は大慈寺の隣りに位置する。神橋を渡り鳥居をくぐって石階段を上ると正面に本殿(国の重要文化財)、左手に西宮神社、その中間に京路戸峠への関東ふれあいの道。
村檜(むらひ)神社 「岩舟商工会HP(http://iwafune.shokokai-tochigi.or.jp/kankou_murahi.shtml)による」
◎大化2年(646)に熊野大神と大山昨命を迎えて祀ったといわれ、主祭神は誉田別命。その昔、藤原秀郷が唐沢山に築城の際、鬼門にあたる当神社を守護神として厚く信仰し、天慶2年平将門を叛せし時も御神徳の賜ものと弓矢を奉納したと伝えられている。
◎本殿は室町時代後期の建物で三間社春日造り、屋根は檜皮葺き。明治41年に国の重要文化財に指定された。また、本殿左方の柱には工匠左甚五郎の作と伝えられる瓜の彫刻がある。下野国式内三之宮として今なお参拝者が訪れる。

左: 村檜神社入口 右: 神橋と鳥居


左: 石階段と神門 右: 本殿 


左: 説明版 右: 境内


左: 西宮神社 右: 京路戸峠への道標(2.4km)


本殿前の狛犬
4 村檜神社 − 晃石山北尾根 − 清水寺  晃石山北尾根には標高300以上で薄い踏跡 下部では小枝が顔ピシャピシャ
 村檜神社から、尾根取付きまでは県道や一般道歩きで、関東ふれあいの道と異なり、自分の目が頼り。でも、それほど難しくはない。最初は県道75号を東北道沿いに歩き、高速道を潜ってからは、太平台CC入口の看板を見て、ゴルフ場への舗装道へと入ればよい。この道路はかなりの勾配で、疲労が溜まってきた足腰には堪える。ゴルフ場に向かう横浜や東京ナンバーの車を見かけたが、高速道路料金を払っても、栃木でプレイする方がメリットあるのだろう。晃石山北尾根に取付くには太平台CCクラブハウス付近からの方が容易だが、挙動不審な輩と思われるのも嫌で、途中の道路擁壁の切れ目を尾根取付きと決めて、エネルギーを補給。

左: しばらくは右手の東北道沿いに県道75号を歩く 右: 消防救急無線アンテナ(中央にかすかに) その右のピークが晃石山


左: 廻峠(昔はいざ知らず現在は単なる舗装道) 右: 太平台CC入口


左: 太平台CCへの舗装道(けっこう急勾配) 右: ここから尾根に取付く
 落葉と小枝の多い急斜面を20分ほど登ると晃石山北尾根出合となる。尾根筋には小枝がうるさく、顔に当たるので左へ右へと小枝を避けながら進む。徐々に小枝も少なくなり、標高250あたりになると左後方(北東)の植林から踏跡(落葉が堆積していて明瞭でないが、少し窪んででいる)が現れる。

左: 晃石山北尾根へ急斜面を登る 右: 北尾根出合


左: 北尾根には小枝がうるさい 右: やがて踏跡らしき窪みが
 標高300あたりで左(東)側が植林になると踏跡は明瞭となる、植林から両サイド自然林となると、踏跡は薄くなる。上方から人の声が聞こえるようになると登山道出合で、ここから晃石山山頂までは約50メートル。ハイカーが多数憩っていた。今日はかすんで日光連山はぼんやり見える程度。

左: 植林になると踏跡は明瞭 右: 晃石山山頂手前50mで登山道出合


左: ハイカーで賑わう晃石山山頂 右: 日光連山はかすんで見えない 下に見えるは太平台CC
 今日は晃石神社には寄らずに、青入山に向かう。途中で四つ(だったかな)の小ピークを越すと青入山に到達。いつのころから山頂に青入山の標柱が設置されたのかな。ここから清水寺に下るのは初めて、地形図には破線が記載されているし、尾根筋の勾配もたいしたことはなさそうだし、何よりも細いが優しそうな踏跡が山頂から南東に伸びているので、計画通り下り始める。地肌は砂状で、さらには落葉堆積し滑りやすい。標高330くらいから勾配が急になり、トラロープ展張地帯になると、ロープの助けを借りても足元は滑り難儀する。ロープがなければ何度も尻もちをついたかも。この尾根筋は下りでは避けた方が無難。
 ロープ地帯を過ぎると勾配は緩み、尻もちの心配はなくなる。清水寺は2週間前にも通過しているので、写真を撮って駐車場に直行。出がけは自分の車だけだったが、殆ど満杯になっていた。

青入山


青入山直下はなだらかだったが、やがてロープ地帯で滑る滑る! 下りには不向き・・・写真では急傾斜が伝わらない



左: 清水寺 本堂と十三仏 右: 清水寺駐車場(ほぼ満杯)

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