ひとり山歩き636 : 西沢金山跡から金田峠経由で高薙山をピストンしてきました。西安沢金山跡から金田峠へは極一部を除いて踏跡が拾えます。小指の脱臼で高薙山南東尾根下るは断念しました。
西沢金山跡〜金田峠〜高薙山(2180)
2016年6月27日(月) 晴れのち曇り
1 行程
@コースタイム : 自宅(1:20) = 山王林道・ゆかわばし(4:10/4:30) − 踏跡出合(5:20) − 涸れ沢(ガレ沢)(5:35) − 水場(6:05) − 金田峠(6:35/6:40) − 石祠(6:55) − 1971ピーク(7:20) − 2193ピーク(9:15/9:20) − 高薙山(10:10/10:40) − 南東尾根退却(11:10) − 高薙山(11:40/11:45) − 2193ピーク(12:30) − 1971ピーク(14:15) − 石祠(14:35) − 金田峠(14:45/14:35) − 水場(15:10) − 涸れ沢(15:35) − 石垣付近で踏跡ロスト(16:00) − 山王林道下山(16:15) −ゆかわばし(16:15/16:25) = 自宅(19:10)
Aルートマップ
2 自宅 − 西沢金山跡
 高薙山へのルートは於呂倶羅山、金田峠経由で往復(特に残雪期)が一般的であった。その後は藪が比較的少なく行程が短いので北東尾根が主流になった。05年に山部さんと同じ時期に栃木の山全座踏破のsatoさんが西沢金山跡付近から南東尾根で往復し、次いでYoshiさんも往復した。5年6月25日(ひとり山歩き207)で山部さん、ノラさんに同行させてもらい北東尾根で登り南東尾根で下った。それ以降では雪田爺さんが西沢を詰めて最後にこの尾根をたどって高薙山の記録だけ(ネットで検索できたのは)。西沢金山跡から金田峠経由で高薙山そして北東尾根を下った記録もある(starionさん)その逆周りではたそがれオヤジさん。そのほか件数は少ないが金精峠から温泉ケ岳経由なんていうものもある(激藪の隙間よりの管理人さん、starionさん、烏ケ森の住人)。
 今回は西沢金山跡から金田峠経由で高薙山に登り南東尾根を下る周回コースとする。南東尾根をあえて選んだ理由は、前回は山部さんとノラさんに同行させてもらい足手まといとなってしまったが、この激藪の尾根をひとりで下れるか試してみる。過去のデータから推測すると11時間程度だが、現在は脚力がおとろえているので14時間要したとしても、明るいうちに下山できるよう4時半にスタートすべく家を出る。周回するには山王林道のゆかわばしに車を駐めると好都合。国道120号から分かれて約13kmでゆかわばしに到着。橋を渡る手前の路肩に駐車。車載温度計8度
 西沢金山跡 − 金田峠  かなりの部分で踏跡を追うことができた(復路のルートがほぼ正解)
 07年10月15日(ひとり山歩き207)で金田峠へはもう少し山王峠に近いほうから取付きすぐに踏跡に出合った。今回はゆかわばしの駐車地から100メートルほど戻った地点から薄い踏跡を追うことから始めた。ガラスビンや瀬戸物のかけら等往時の生活の名残をしのびながら踏跡や獣みちを追って適当に歩く(コースをもっと東にとれば前回の踏跡に出合うと安心して歩く)。やがて小さな沢筋歩きになってしまったので、前回コース方面へと進路転換。左手を登ってくる人が見えたので、近寄ってみると明瞭な踏跡に出合う。この人は山菜とりとのこと、少し言葉を交わして先に行ってもらう。 

左: ゆかわばし(手前右手の路肩に駐車) 右: 金田峠への取付き(左写真の手前左手)


左: 踏跡や獣みちを拾いながら 右: 正規ルートの踏跡
 以降は明瞭な踏跡をたどって、涸れ沢(前回はガレ沢とした)、さらには水場(水流の細い沢)にたっした。水場から少し遡った左岸に赤テープが見えたが、これを無視して薄い踏跡を追うと方向がずれてきたので、修正してトラバースから直登に切り替えた。帰宅後GPS軌跡を地形図に落としてみると、復路で踏跡薄いと記録した付近で踏跡を横切ってしまった。標高1850付近で西へ進む踏跡に出合い、これを追うもすぐに消えてしまった。そのままトラバースを続けると1949ピークからの稜線に出合、約20メートルほど下ると鞍部で金田峠(なんて読むのが正解なのかな? かんだorかんた峠なんていう記録を見た気もするが)のプレートを見る。あっと驚く為五郎(こんなの50年近く前に流行ったッケ)。なんと東へ明瞭な道筋がついているではないか(これが正規のルートなんだとインプットしておく)。峠からは白根山と温泉ケ岳が頭を出しているのが確認できる。

左 : 明瞭な踏跡が続く 右: 水場(水流少なく、緊急時にしか使えない


左: 金田峠(白根山と温泉ケ岳が頭を出している) 右: 西沢金山跡への道型(復路でこれをたどる・・・踏跡が連続)
4 金田峠 − 高薙山  かなりの部分でに踏跡あり
 金田峠からは腰以下の笹薮地帯だが、笹の中に踏跡あり、約15分の歩きで深山之宿跡の石祠を見る(扉は日光市の重要文化財の指定を受け、輪王寺で保管されているとのことであった。(宇都宮勤労者山の会HPより)・・・04年4月ごろにネット検索)。ここからは外山から前白根山稜線を間近に見る。
 石祠を過ぎると笹藪もなくなり、踏跡を追って進む。標高点1971ピークはシャナゲあるもたいしたことはない。

左: 深山之宿跡の石祠 右: 同所から、外山(中央)〜前白根山


左: 石祠を過ぎると笹は少ない(1971手前) 右: 1971のシャクナゲ
1971ピークから細木を潜り抜けてわずかに下ると左(南)が開けてガレの頭で、男体山から外山、中禅寺湖と湯ノ湖・湯元温泉が展望できる。ガレの頭先の鞍部で尾根を外してしまい、腰丈の笹藪をトラバースする羽目になってしまった。苦労して尾根筋に登ると藪は薄い。標高2050から2100の急登は厳しかったが、地面がしっかりしているので助かった。2193ピークへの藪は問題にならない。登り詰めたのは2193ピークの北東端で何も目印はないが北西から北北東に方向転換。往路では間違えないと思うが、復路では直進しないよう注意が必要。

ガレの頭から 左: 男体山〜外山 奥に中禅寺湖 手前に湯ノ湖 右: 湯ノ湖と湯元温泉


左: 2193ピーク手前 右: 2193ピークの北東端(ここから方向転換)
 2193ピークからはコンパスを北北東に合わせて適当に踏跡を拾いながら進む。途中の2180級と2170級ピークは右(東)巻いて通過。2170級ピーク先の鞍部から尾根筋登ると藪が深い(04年4月の記憶)ので西側をトラバースして進み、適当なところから進路を東にとり山頂を目指す。少しばかり藪を漕ぐと高薙山の山頂で、07年9月13日(ひとり山歩き292)に金精峠から以来。 山名板は山部3D、栃木の山紀行と最近では見かけることが少なくなった達筆名板。
 山頂からは展望ないが、南西へ少しばかり藪を漕ぐと、男体山や白根山等が展望できる。樹木が育ったのか、展望範囲が狭まったようだ。山頂に戻ってエネルギーを補給しながら南東尾根の地形を頭に入れる。

左: 2193から高薙山へは踏跡を拾いながら 右: 高薙山山頂(懐かしい山名板・山部3D、最近は見かけることが少なくなった達筆名板と栃木の山紀行)


山頂の南西部から(以前に比べて樹木が育ち見える範囲が少なくなったようだ)
5 南東尾根  転倒による小指関節脱臼で藪を漕げず退却
 山部3Dと達筆プレートの横から南東尾根を下り始める。最初は藪はなく歩きやすかった。気を緩めたわけではないが、木の根っこに足がひっかり、前向きに転倒。顔をかばうために左手を地面に突いた。運悪く小指が何かに挟まってようで痛みを感じた。立ち上がって手袋を外すと小指が動かない。幸いにたいした流血はないので手袋をはめて、多少の痛みをこらえながら南東尾根を下ってゆく。標高2130あたりは密藪で、山部さんとノラさんが岩頭で展望を楽しんでいる写真の記憶が読みがえた(ひとり山歩き207に写真あり)。
 大岩からさらに下りながらシャクナゲ等の密藪を漕ぐのに樹木をつかむと小指が痛い(あなたが咬んだ小指が痛いならいいのだが)、しかも利き腕の小指だから、このまま密藪を漕ぐのは不安あり、往路の尾根筋を下るのならたいした藪はないので何とかなろうと山頂に引き返す。山で怪我したのはこれが初めて、足でなくてよかった! 翌日整形外科で調べると小指の第二関節が脱臼し、そのショックで関節付近に小さな剥離骨折がある。脱臼は指を引っ張って元に戻るも、剥離骨折はしばらくは固定して様子を見ることになりそう。 


左: いざ南東尾根へ 右: 標高2130の大岩(この辺りは密藪(小指の関節脱臼で、藪を漕ぐのが苦痛・・・少し下った地点で引き返す)

 
6 往路を戻る(高薙山 − 金田峠ー 西沢金山跡)  金田峠から西沢金山跡までは明瞭な踏跡が続く
 復路では注意量が多少散漫になり、2193からの下りとガレの頭手前から1971を楽して巻いて通過しようなんて考えて方向ちがいをする。1971からの下りも方向違いで軌道修正。往路でトラブった笹藪のトラバースは避けて尾根筋をたどる、やはり尾根筋は良いわいな、と思ったのもつかぬま短い区間ではあったが灌木藪を漕ぐ羽目に。
 復路は疲労と指の負傷が気になり注意力が散漫になってはいたが、無事に戻れた。金田でエネルギーを補給しながら。幸か不幸か往路で気になった東への踏跡をたどることにした。明瞭な踏跡が続いていたが、往路と交差したあたりは踏跡が薄かった。注意してみれば赤テープは拾える。水場(細い水流の沢)を渡ると踏跡は明瞭となる。涸れ沢(ガレ沢)を過ぎても踏跡は明瞭。往路で山菜取りの方に出合った地点からも明瞭な踏跡が続く。標高1550以下になると踏跡の幅は狭まるが外すことはない。石垣が目はいり、その先の広場からは踏跡が消えてしまった。
 踏跡は東の沢筋に下るような気がしたが、そのまま尾根筋を北に進む。いったん明瞭な踏跡を拾ったが、すぐに消えてしまった、道下に山王林道が見えるようになって尾根の先端から道路に下りようとしたが、2メートル高さの擁壁で下りるに下りられず、道路に沿って擁壁の上を歩き、擁壁が低くなった地点で道路に下りる。そこから約150メートル歩くとゆかわばしの駐車地に無事(怪我しても無事なんていうのかな)に戻ってヤレヤレ。
 小指は曲がらないが運転するには支障ない。流血はないが、血がにじんでいるので左手は軍手をはめたまま運転。家に帰って車からザック等を下ろしていたらカットバンから血がにじみだす。手をよく洗って消毒しテープで出血を防止し翌日医者へ。


左: 金田峠(正式名称は? 「かんだorかんた峠」とネット記録を見た記憶もある?・・・記憶違いで「かなた峠」のようだ) 右: 一部に薄い場所あるも、西沢金山跡付近まで踏跡を追える


左: 踏跡は細くなるが、外すことはなかった 右: 石垣の手前は広場状で踏跡がわからなくなる

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