ひとり山歩き489 : 日光修験道の寒沢宿から北斜面を大真名子山に登り、志津乗越に下って大多和宿を訪ねてきました。ヤブを漕いだりルファンを堪能することができました。
寒沢宿〜大真名子山(2375)〜大多和宿
2012年9月10日(月) 晴れ
1 行程    写真
ルートマップ(GPS)  ウォッちず : 大真名子山  寒沢宿  大多和宿
自宅(1:30) = 裏男体林道・太郎山分岐駐車(3:45/3:55) − 太郎山登山口(4:10) − 寒沢宿分岐(新薙コース標高1900)(5:10) − 寒沢宿(5:50/5:55) − 標高点1909(7:05/7:10) − タカノス沢横断(8:15) − 急登箇所(標高2150)(9:15/9:30)  − 大真名子山三角点(11:05/11:10) − 大真名子山山頂(11:20/11:45) − 志津乗越(13:20) − 大多和宿取付き(13:30) − 大多和宿(13:40/13:45) − 大多和宿取付き(13:55) ー 駐車地(14:20/14:30) = 自宅(16:55)

2 自宅 − 太郎山登山口
 @宇都宮さんが08年11月6日に太郎山登山口付近から軽石沢右岸をたどり標高点1909から大真名子山の北面を直登し、小真名子山から旧町界線に沿って寒沢宿に下山した。これらの情報をもとに寒沢宿から標高点1909に行き、大真名子山北面を直登することを以前から計画していた。太郎山から大真名子山北面を見ると、急勾配続きでなかなか踏ん切りがつかなかった。小真名子山の旧町界線沿いについては、07年5月26日にふーせんさんとFM大野さんが寒沢宿から登っている。その記録を読むと途中の大岩を越すのにかなり苦労したようである。臆病な自分には、こんな岩を越すことはできない、と諦めた。
 奥日光の最高気温が20度以下になったら、大真名子山北面にトライしようと思っていたが、今年は残暑が厳しくなかなか20度以下にならない。やきもきしていたが、最高温度が22度程度まで下がったので思い切って実行することにした。太郎山新薙コースの標高1900のから寒沢宿へは踏跡が薄いので、ヘッデンなしで歩ける5時頃に寒沢宿に取り付けるよう見計らって家を出る。例によって、いろは坂入口のパーキングで登山靴とゲイターを装着して裏男体林道に向かう。復路の歩きを少なくするために太郎山分岐から100メートルほど太郎山登山口方面に進んだ地点に駐車。気温は14度、これなら歩いている途中で20度を超えることはないだろう。ザックを担いで太郎山新薙登山口に向かう。

3 寒沢宿 − 1909 − 大真名子山  ヤブあり急登あり、ルーファンも難しい  赤テープを見かけたので歩く人もいるようだが、あまりお勧めできない
 新薙登山口からは太郎山へ何度も通っているのでヘッデン頼りで歩くのに支障はない。登山口付近では笹で下半身が濡れるかと思ったが、気温が低いせいか全然濡れることはなかった。寒沢宿へは08年11月11日に行っている。その時の朧な記憶を頼りに、寒沢宿取付きの標高1900に着いた時にはヘッデンなしで歩けるが、薄い踏跡を追うには少しばかり早すぎたようである。
 08年11月には寒沢宿への取付き地点の樹木に目印の三本テープがあったのだが、これは消えて久しいようだ。コンパスを寒沢宿に合わせ、高度を保つように北東に進めば、どこかで踏跡に遭遇するはず、と適当に歩き出す。踏跡だか獣道だか見分けが付かないが、ヤブはないので歩くには支障がない。小さな涸れ沢を何度か越しながら10分ほど進むと、踏跡が明瞭になっった。更に20分程、涸れ沢を越したりしながら踏跡を追うと飯場跡と思われる広場に達した。この広場の北東端に一升瓶を見て、踏跡は
更に北東に続いている。広場から10分、取付きから40分で見覚えのある広場に達した。ここが寒沢宿跡で、広場の左手に護摩壇跡、さらにその奥に金剛堂と不動大明王像が祀ってある。大真名子山へのルート  (写真は太郎山の新薙付近から、11.11.9撮影)
 踏跡は更に北へと向かっているが、今日は大真名子山北面直登が控えているのでこれは無視して、標高点1909に向かう。コンパスを北東に合わせ、高度を1880程度に保つように歩いていゆく。標高点2304ピークへの尾根に乗りそうになり、方向修正すると薄い踏跡に出合った。踏跡は途中で消えることもあったが、朽ちた空缶や長いワイヤロープが放置してあったりする。この踏跡はどうやら杣道のようだ。途中でさまよう場所もあったが、高度をもとに戻すと、一升瓶のある小広場に出合ったりする。ヤブは殆どないが、樹木で先の見通しが利かない。ゆるやかに登りはじめたので標高点1909付近に達したようである。この先が肝心なので、GPSで正確な場所を確かめると、標高点1909のわずか東側にいることが判明した。これで第一関門に達してヤレヤレである。次の関門はタカノス沢横断して大真名子山頂に向かう南尾根に乗ることである。@宇都宮さんのルートマップを見ながら、注意事項を頭にいれる。
 コンパスを東南東に合わせて、倒木を避けながらゆるやかに登ってゆく。タカノス沢右岸尾根に乗るように、途中で山ひだを越しながら東北東へ進んでゆくと尾根に乗ったようである。標高1950付近でタカノス沢を横断する計画だったが、高度計を見ると登りすぎているようで、まずはタカノス沢に出合うべく南に方向修正する。タカノス沢を直下にすると、対岸に大真名子山頂に向かう南尾根が見えている。上に行くほど勾配がきつくなっているが、意を決してタカノス沢に10メートルほど下る。幸いに場所が良かったのか、タカノス沢横断は簡単だった。 
 山頂への南尾根に取り付くと、針葉樹とシャクナゲのヤブが波状的に現れるが、ヤブ慣れした自分にとってはどうということはない。シラビソ林歩きで、眺望は期待できないが、標高2060あたりで西側に出てみると、沢源頭で太郎山が見えた。更に尾根を登ってゆくと、勾配が徐々にましてきた。標高2150で目の前に壁が現れた。この壁は岩混じりで登れるか心配になる。苦手な箇所でいつもの弱気虫が現れ、帰ろうかと考える。@宇都宮さんのルートマップを見ても、さして苦労した様子はない。意を決して壁に取り付く。この壁は二輪駆動では一メートル足りとも進めない。四輪駆動に切り替えて、必死に木の根や岩をつかまりながらよじ登ってゆく。この急登箇所突破に15分要した。家に帰ってGPSでチェックすると約30メートルの壁であった。この壁を突破すると針葉樹とシャクナゲのヤブが波状的に出現した。針葉樹の細木ジャングルをすり抜けるのに苦労した。
 標高2250を過ぎると、シラビソは太くなり、勾配もゆるやかになって少しは楽になった。気温はあまり高くないようで、発汗は少なく、3リットル持参の水もまだ0.5リットルも消費していない。標高2300位になると林床にシダを見かけるようになり、鹿道歩きも交えることができた。こんな安楽は長続きはしない。三角点の西尾根を目の前にすると、急登とシャクナゲの密ヤブが待っていた。20分ばかりシャクナゲヤブにもがくと、尾根上に達して大真名子山三角点に到着。ここは今までの修羅場とは異なりまるで極楽。眺望はすこぶる良い。男体山から皇海山、白根山、太郎山、小真名子山と眺望が広がっている。大真名子山頂は目の前に見えている。
 三角点から潅木に隠れ気味の踏跡を辿って約10分で、蔵王権現像の立つ大真名子山頂に達した。三角点に比べたら樹木の影響で眺望はあまり広がらない。@宇都宮さんはここから小真名子山に登り、旧町界尾根(斜面というべきか)を辿って寒沢宿に下っているのだ。とてもじゃないが真似しようがない。

寒沢宿・大真名子山・大多和宿の動画


4 大真名子山 − 志津乗越 − 大多和宿  志津乗越の丸太群は説明があってしかるべきでは
 通常の登山道を志津乗越へと下ってゆく。山頂直下に千鳥返しという日光三険の一つを通るが、梯子や鎖が設置してあるので、現在は特に危険という事はない。登山道はあまり段差がなく比較的歩きやすい。今回はどうしたわけは三笠神像を見逃してしまう。八海山神像や石碑を見ながら、志津乗越に下って、噂の丸太に怒り心頭。なんだね。この丸太群は?? どんな目的で設置したのか、必要があってするのだから、とやかくは言えないが。設置目的の説明板くらい立て然るべき。百名山を追って全国からやってくる人が、このいじわる爺さん(婆さんかも)的なやり方に、気分を害して帰ってゆくだろう。知らないで来たのであろうか、県外車が今までの駐車場所から300メートルほど下った地点に駐車してあった。
 大多和宿にも08年11月11日に行っているが、駐車地への帰りがけで寄ることにした。志津乗越から二つ目のカーブから南へ約200メートル、涸れ沢を三つ越したカラマツ林に広場を目にする。ここが大多和(大田和)宿跡で、護摩壇跡の奥に地蔵菩薩、不動明王、金剛堂石祠が祀ってある。裏男体林道に戻って太郎山分岐から100メートル先の駐車地に戻る。だいぶ涼しくなってきたようで、今日はあまり汗をかかず、1リットルの水消費で済んだ。もう一、二度、10時間超の足慣らしをして気候が良くなれば、北アへ出かける気分になれるかな?
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