ひとり山歩き290 : 亡出とされていた日本一高所に設置された栃木・福島県境の引馬峠の水準点が最近発見された。その見学を兼ね馬坂峠〜台倉高山〜引馬峠の県境尾根を歩いてきました。馬坂峠〜台倉高山はハイキング道が整備されているが、台倉高山〜引馬峠は薮尾根歩きとなりました。
馬坂峠(1790)〜台倉高山(2066)〜引馬峠(1895)
2007年8月25日(土) 快晴
1 行程
ルートマップ
自宅(22:30) = 舟岐川林道の黒沢林道口(1:40/1:50) − 馬坂峠(3:35/3:45) − 鹿の休み場(4:35) − 三段田代(5:05) − 台倉高山(6:00/6:25) − 南西鞍部の湿地(7:10) − 1950ピーク(8:10) − 1938ピーク(8:35) − 三角点1981.7(引馬山)(9:20/9:30) − 引馬峠(9:55/10:40) − 1876ピークの尾根取付き(11:25) − 1876ピーク(12:05/12:10) − 火打石沢林道出合(13:20) − 深沢橋(13:40) − 越ノ沢橋(14:45) − 黒沢林道終点(15:10) − 黒沢林道口(15:45/16:00) = 自宅(19:45)

2 自宅 − 馬坂峠
 日本一高所の水準点は栃木・福島県境の引馬峠に100年前に設置されたが、この数十年は亡出とされていた。お馴染みの山部さんとノラさんによって最近発見された。引馬峠周辺の県境尾根は従前から歩く計画をもっていたが、水準点発見の偉業を聞いて確認者第一号になるべく早速計画した。ルートとしては山部さんが第一回の調査に出かけた馬坂峠〜台倉高山〜引馬峠とした。
 一泊二日を目論んでいたが、二日続きの好天に恵まれないことやテント泊でのヌカカ(糠蚊)の襲撃を嫌って日帰りを検討した。山部さん等の山行記から早朝から歩き始めれば明るいうちに駐車地に帰着できるとの結論を得て早速実行にかっかた。歩行開始地点は檜枝岐村の舟岐林道の黒沢林道口(帰着点)と決めて、ここを2時遅くとも3時には馬坂峠目指して歩行開始できるよう前日は18時に床に着いた。目覚ましで22時に起床して即出発準備にかかる(栃木周辺の山に行く場合は車内での前泊はしない)。今までの経験から4時間眠れば歩行への影響はないと確信している。檜枝岐村の会津駒ケ岳登山口の約1km先で帝釈山登山口の案内標識を見て舟岐川林道に入る。ここから8km先が黒沢林道口(舟岐橋を渡って約500m先)で、付近の路肩に車を駐める。登山靴に履き換えザックを担いで舟岐川林道を馬坂峠目指して出発する。林道は砂利道だがよく管理されているので歩き易い。道端の笹がヘッデンの灯かりに反射して幻想的。だんだん沢音が小さくなり、林道の右端に水場を見て、備え付けのコップで喉を潤す。そこから約5分で帝釈山と台倉高山登山口の馬坂峠に達した。

3 馬坂峠 − 台倉高山  登山道が整備されて、薮山という観念は遠い昔の話し燧ケ岳 (台倉高山から)
 04年9月15日にここから台倉高山に登ったが、その頃はまだ登山道は未整備で踏跡が不明瞭な所ありで、復路で踏跡を見失い尾根上を辿って戻った事を思い出した。ましてや台倉高山2時間の道標はなかった。その後登山道は整備されて誰でもが行ける山になったようで、登山口付近の道筋は明瞭である。これなら充分歩けそう。道を見失っても1時間後には明るくなるので、明るくなってから登り始めるには反するがヘッデン頼りに登山道に踏み込む。登山道はすぐに南西にそして南東にトラバースするようになっている。道筋は明瞭で、あちこちに木枠で土留めが敷設してある。危険は感じないが、地面がやや軟調。南東向きになってやや登り勾配になると水場に出合う。喉を潤して先に進むと、泥濘で道筋が見えなくなった。その泥濘を突っ切るとすぐ先で道筋が再び明瞭となった。暗闇歩きで分かりづらかったのはここだけ。1898ピークの右(西)を巻いて尾根歩きとなる。鹿の休み場の道標が突然目に入る。
 振り返ると朝焼けが美しい。泥濘を急登すると木道歩きとなり、すぐ先で湿原に入る。ここからは女峰山が展望できる。更に二分ほど木道を歩くと三段田代の道標を見る。以前は木道はおろか道標などはなかった。すっかりハイキング道になってしまい、先人が薮を漕いで歩いたのは遠い昔の話しになってしまったようだ。三段田代の辺りは2083ピークの一角なのだが、平坦でピークとは感じない。
 尾根のやや右手をトラバース気味に登山道は進む。2028ピークで女峰山がどうにか確認できる。このピークからは尾根の右(北)側をトラバースしながら下り、途中で小沢を踏み越える。台倉高山の北峰手前鞍部に達すると再び小湿原となり木道が設置してある。この先は北峰(2060ピーク)の南側をトラバースするのだが、ネマガリダケの薮をこぐのに往生したのは、昔話で今は刈払いがしてあり苦労知らず。トラバースが終わると台倉高山手前の鞍部でここからは尾根歩きとなる。10分ほどの登りで台倉高山山頂に到着。山頂からは360度の全展望で、燧ケ岳、会津駒ケ岳、日光連山、帝釈山、田代山を楽しみながら小休止。
 山頂に設置してある大きな山名板に引馬峠方面が記載してある。これは単に引馬峠の方向を示すだけなのか。近い将来引馬峠まで登山道を設置するつもりなのか。意図がハッキリしない。観光に熱心な檜枝岐村のことだから、登山道を設置する計画でもあったのだろう(現在でもあるのかも?)。

4 台倉高山 ー 引馬峠  県境の福島側は藪が薄く、思ったよりは容易に引馬峠に達した   一般ハイカーには無理
 昔は引馬峠方面に登山道があったらしいが、絶えて久しい。ここから先は山部さんの栃木の山+283とノラさんのきままなノラの山歩きを参考にした。更には当掲示板に書き込みのあった@宇都宮さんのルートマップも参考にした。
 コンパスを南西に合わせて薮に突入すると、すぐに藪の中に踏跡と赤テープを見つけた。これに沿って下って行くと針葉樹薮もそれ程気にならない。時々は踏跡を見失うがすぐに合流できた。これは昔の登山道の跡であろうか。鞍部付近で笹薮で踏跡を見失ったが、県境尾根沿いに進むと薮がきつそうなので、獣道を拾って西に進み、地形図に記載の湿地を目指した。テニスコート程度の広さの湿原にドンぴしゃり到達。県境の薮を嫌って西側をトラバス気味に登ったが、途中で背丈の日光連山 (引馬山から)笹薮に捕らわれ上半身も濡れてしまった。この笹薮を突っ切ると針葉樹林の歩きで薮は薄い。1895ピークで一旦尾根に乗り、鞍部付近からは薮を避けて右手(福島側)を歩く。多少の薮漕ぎはあるが、特記するほどの薮はない。1950ピークへの登りも福島側を歩く。オサバグサとカニコウモリの群生地歩きで薮山という感じはしない。急勾配を登り詰めると1950ピークで針葉樹林の中で展望は全くない。オサバグサとカニコウモリは相変わらず多い。
 再び尾根から十メートル程度低い福島側をトラバースを続ける。オサバグサとカニコウモリの合間に獣道を辿る。途中で見失っても歩く速度には影響はない。次ぎの1938ピークに上がって見るも草と樹林以外にはなにもなし。薮山を歩いているという感じはあまりない。涼しさと予想外の薄い薮で歩行が捗る。台倉高山〜引馬峠間は4.5時間程度を見込んでいるが、かなり短縮できそう。引馬峠の水準点
 三角点ピークの引馬山へは僅かに下って長い登りになる。例によって福島側を辿るが、県境の尾根上を歩いているといても差し支えない。鞍部から登り返して標高1960くらいになると、シラビソにダケカンバが混ざりだして樹木が密になり、方向は南南西から南向きになりやがて南東に変わって三角点1981.7ピークの引馬山(地形図に記載なし)に達した。狭い山頂部には三角点とSSKさんの山名板が目に付いた。南東部が開けていて、日光連山(男体山〜赤薙山)、根名草山周辺そして近くには平五郎山が見える。
 引馬山から県境に沿って下ると直下に大岩があるとのことで、大嫌いなお岩さんを避けて引馬峠のやや北側にコンパスを合わせて、針葉樹林の中を適当に下る。針葉樹薮が多少うるさいがどうということはない。腰丈の笹をかき分けて鞍部の引馬峠に無事到着。最近の情報で薮はたいしたことはないと確信していたが、予想以上に容易に歩くことができた。水準点は県境に近いらしいが、引馬山から適当に下ってきたので、どこが県境か分からない。針葉樹が密で笹薮もありで見通しが利かない。水準点と山部3Dプレートを探して、さ迷い歩く。最近つけたピンクの紙テープは何箇所かで見たが、どうしても水準点が見つからない。吉良上野介が見つからず時間切れを心配する大石蔵之助の心境(???)。下山後冷静になってからの検討では、見通しが利かないので、一箇所を中心にリングワンダリングしていたらしい。
 山部さん等のルートに従って、火打沢筋を下ればまだ時間的余裕はあるが、折角ここまで来たのだから、1876ピークを経由する尾根を辿りたい。このルートの藪具合が分からないので、時間的余裕はない。水準点は諦めて、代りにピンクの紙テープを写真に納めて、エネルギーを補給する。ザックを背負って下山する前にもう一度あたりをうろつくと、樹木に掛けてある山部3Dプレートが目に入った。勇んで行って見ると、プレートの直下に水準点が頭を出している。2週間ほど前に山部さんとノラさんが掘り起こして掃除したようで、100年前に設置し、何十年も行方が知れなかった水準点の面影はない。つい最近設置されたかのごとく光り輝いていた。引馬峠の水準点については栃木の山+283を参照願う。

5 下山(1876P−深沢橋経由  1876Pまでには昔の道筋らしい踏跡あるも確信はない  ルーファンの難しさと藪密度は今日一
 タイムリミットにギリギリ間に合ったので、以前は地形図(昭和53年の帝釈山1/25000・・・栃木の山+283掲示板に@宇都宮さん投稿)に破線のあった1876ピークを経由することにした。問題はうまく1876ピークの尾根筋を見つけることができるかである。針葉樹林で見通しが全く利かないので、コンパスと高度計に頼るしかない。幸い今日は気圧が安定していて、誤差が20メートル以下に治まっている。12時までに見つからねば、状況に応じて火打石沢に下ることも頭に入れて北西に歩き出す。多少の笹薮と針葉樹藪はあるが、苦痛を感じる程ではない(但し、藪については定量的な尺度がないので感受性におう点が大なので注意が必要)。コンパスと高度計を見ながら標高1850付近を保ちながら北進する。幸越ノ沢橋運にも左手に低い尾根筋が見えた。傍に寄って見ると、すぐに尾根取付きに達した。
 尾根に取付くとシャクナゲ等の灌木藪が密だが、尾根上には薄いが踏跡が途切れ途切れに続いている。昔の道跡のように思えるが、確信は持てない。藪の密な1876ピーク手前鞍部から右手の踏跡を追いながら登って行く。尾根右手の踏跡は断続するが、藪はあまり濃くはない。1876ピークに達したが、北斜面に下る地点に確信が持てない。北斜面は急勾配で、昔の道筋はジグザグについていたのであろうが、この急斜面を直に深沢に下っても、深沢橋をうまく探せるか確信が持てない。
 地形図を見ながら、しばしルートを検討する。1876ピークから北西に下る尾根は勾配が比較的緩く尾根の末端で火打沢林道跡に出合う可能性にかけることにした。尾根筋には藪は少なく、踏跡が続いている。途中で林業に使用したワイヤーもみかけた。標高1700付近まで下ると樹木が密になり、先が見えなくなった。北西に僅かに下ると、崩落地の真上で下方に林道跡らしい平坦部が見えたが、チョッと危険なので少しばかり登り返して、今度は北東に下ると無事火打石沢林道の薄い踏跡を確認できた。
 林道は薮化しているが、山際には道路敷設のために削った跡(地形図の土がけ)と踏跡があり、今までの歩きに比べたら天国を歩く感じ。突然、沢の真上に達した。深沢橋の真上に居るのだが、欄干もなくコンクリートや金属部分が見えないので橋とは思えない。深沢橋からは一段と藪と崩壊が進み歩きづらくなる。藪の下に踏跡が確認できるので迷うようなことはない。安堵感がただよい越ノ沢の手前で右手の赤テープに誘われて越ノ沢林道に踏み込んでしまった。登り勾配と方向が異なるので間違いにすぐに気付いたが約10分のロス。赤テープまで戻ると、そこから二三分で白いガードレール付きの越ノ沢橋に到着。ガードレールに赤ペンキの落書きがあるが意味不明。
 越ノ沢橋からは多少歩きやすくなる。踏跡が突然明瞭になり、すぐ先で林道幅が広くなって車が一台駐まっていた。ここが現時点での黒沢林道終点となっている。この先は黒沢林道口(舟岐川林道出)までよく管理された林道歩きだが、逆に砂利が疲れた足には堪えた。車に戻って着替えしている間に、馬坂峠方面から車が2台通過。今日は好天だったので、帝釈山も台倉高山も賑わったのではなかろうか。
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