ひとり山歩き277 : 檜枝岐村の舟岐川・枝沢の左惣沢沿いに長須ケ玉山に登り尾根伝いに孫兵衛山を目指しましたが、疲労と時間切れで途中で退却となりました。針葉樹尾根の残雪歩きでは今までにない経験をしましたので今後に活かしたいと思います。
左惣沢沿いに長須ケ玉山(1913)そして孫兵衛山(敗退)
2007年4月20日(金) 晴れ
1 行程
ルートマップ
自宅(1:15) = 舟岐川・左惣沢出合(4:10/4:40) − 二俣(6:20) − 1714ピーク東鞍部(7:30/7:40) − 長須ケ玉山北峰(三角点)(9:00/9:10) − 同中央峰(9:25) − 同南峰(9:45) −1901ピーク(10:30) − 退却(1878ピーク)(11:10/11:25) − 長須ケ玉山北峰(13:20/13:35) − 1714ピーク東鞍部(14:10/14:20) − 二俣(14:50) − 左惣沢出合(16:05/16:20) = 自宅(19:50)

2 自宅 − 左惣沢出合
 黒岩山〜台倉高山の県境尾根の残雪歩きをしてみたいと考えている。自動車回収があるので一泊では難しい。二回に分割することにして、今回は檜枝岐村の舟岐川の左惣沢出合から長須ケ玉山に登り、尾根伝いに孫兵衛山・県境尾根・台倉高山周回を計画した。この計画は「山頂渉猟」を追っての管理者さんが96年4月に一泊で歩かれた報告を参考にした。大部前から準備はできて二日続きの好天待ちであったが、今年は天候不順でチャンスに恵まれなくジリジリとした日が続いている。今年は一泊は諦めて、様子を探るために左惣沢・長須ケ玉山・孫兵衛山の日帰りを計画した。二・三年前に掲示板に時々登場したsatoさんは広窪から長須ケ玉山経由で孫兵衛山を往復8時間15分(広窪から長須ケ玉山のルートは不明)で歩いている。こんな健脚者の真似はとてもできないので、1.5倍の12時間を目標とした。
 天気予報では今日は好天で翌日の後半は崩れるらしい。一泊は完全に諦めて、日帰りの装備で家を出る。檜枝岐村は久しぶり、国道362号は道路状態がよい割には車の通行が少ない。会津駒ケ岳の登山口の約1km先で帝釈山・田代山の案内看板を見て左折し舟岐川林道に入る。雪は除雪してあり通行には何ら支障はないが、道端には雪が残っている。2.5km先で牛首橋を渡って左岸を1.2kmほど進むと右から沢が舟岐川に流れ込む。ここが左惣沢出で今日の登山口となる。

3 左惣沢出合 − 長須ケ玉山  雪は思ったほどは締まっていない  長須ケ玉山への急斜面登りで消耗
 明るくなるのを待って左惣沢左岸の植林を数分進んだところで、飛び石を見つけて右岸に渡る。暫くは古いワカン跡の残る右岸の長須ケ玉山三角点付近平坦部を進むが、予想に反して残雪の締まり具合が悪い。杉植林に入ると踝上までの沈みが続く。ワカンを履かねばならないようだったら、孫兵衛山のピストンは難しかろうと持参しなかったのが悔やまれる。杉植林が切れるとカラマツ林となったが、雪の締り具合はもうひとつ。標高1330位で右岸から左岸に渡る。この先で3・4回渡渉するが積雪で沢幅が狭まっているので全然問題ない。高度が上がるにつれて斜面のトラバースが増えてくる。ブナ林の日当たりのよい所でも締り具合はよくない。ワカン跡を見かけるのも道理だ。高度が上がるにつれて残雪の上に新雪が増えてくる。今日のスタート時の気温はマイナス1度で高めだが、もっと締まっていてもよさそうなものだが・・長須ケ玉山中央峰で見かけた蛸入道・昨年4月の男鹿山塊の残雪歩きはカリカリと気持ちよく歩けたのにと愚痴が出る。途中で見かけた枝沢とは異なる明瞭な二俣に標高1430で出合う。
 左俣に進むとやがて水流は雪下に隠れて、沢筋で一番勾配のきつい標高1550〜1600を通過すると、V字状の溝の中を進むようになる。このあたりになると廻りは針葉樹林で、徐々に勾配が緩み、右手に東京ドームの屋根のような膨らみの1714ピークの東鞍に達する。ドームの上は疎林帯で上に登ったら気持ちがよさそう。なれない沢筋歩きと残雪の締りのなさで計画よりも30分は遅れてしまった。
 左手には長須ケ玉山の急斜面が待っているので、アイゼンを履いてストックに替えてピッケルを手にして針葉樹林の中に入ってゆく。残雪に10センチ程度の新雪がついていて、上滑りで登りづらい。標高1800から1850の間は急斜面と新雪が相まって登るのに苦労した。ピッケルを打ちながら下を向いて登りに意識を取られすぎると、ルート取りを誤って倒木で前途を遮られたりで、息が上がってしまった。無酸素運動をすると後でつけが来るので、他に逃げたいのだが、今日のルートを通る限りはこの急斜面を避けることはできない。この区間をなんとか越すと勾配はやや緩み、やがて山頂部に達すると平坦でしかも針葉樹が密でどこに三角点があるのか検討がつかない。平坦部を北に数分進むと、小高い所に多数のリボンを見かけた。もちろん三角点は雪下で確認のしようがないので、ここを長須ケ玉山三角点峰(北峰)の山頂とした。山頂部は展望どころか見えるものは雪を被ったオオシラビソばかり。

4 長須ケ玉山 − 退却地点  針葉樹の尾根はワカンの必要性を感じた  ザックの濡れ対策も必要
 長須ケ玉山までに計画の3.5時間にたいして約1時間オーバーしてしまった。それ以上に急斜面の登りで消耗してしまった。長須ケ玉山から孫兵衛山まで3.5時間を見積もってきたが、今日のコンディションではこれも難しい。復路の途中で暗くなってしまう可能性があり、これ以上進むべきか、アッサリ退却するか葛藤が始まる。いづれにしても、9時に退却を決めるには早すぎる。投げ場を求めて12時をタイムリミットとして好展望地に出合うまで進むことにした(このまま帝釈山(左奥)と台倉高山(右)〜北西尾根 (退却点から)帰ったのでは偵察の意味もないし)。
 山頂部は平坦で広いので磁石を合わせて中央峰に向かう。針葉樹の枝についた雪が気温上昇でバサバサ落ちてきて閉口する。暫く経ってから気がついたのだが、ザックの上に落ちた雪が融けて内部まで濡らしてしまった。枝に雪の付いている針葉樹林帯を歩くときはザックカバーが必須であることを学んだ。磁石を常に見ながら歩いているわけでないから、障害物を避けると方向がずれ、その都度修正する。そのためジグザグに歩く羽目になってしまった(復路でトレースする際に確認した)。中央峰の東端で枝越しに帝釈山を確認したが、それ以外は雪化粧の針葉樹しか見えない。疎らならまだしも密ときているから困る。今までに経験した残雪尾根歩きは疎らな樹林帯が多かったので戸惑ってしまった。中央峰から磁石を再修正して北峰(1908ピーク)に向かう。地形図では僅かに下って登り返すのだが、雪がついている上になだらかなので感じがつかめない。尾根の方向が変わる点を南峰山頂とした。北峰から南峰までたったの700mに35分(写真撮影含む)もかかってしまった。これで自分の不甲斐なさに嫌気がさして、北峰から下って先に進む意欲が湧いてこない。ここはまだ投げ場でないと自分に言い聞かせて、ユックリと尾根を下り始めた。
 尾根筋も明瞭になり、鞍部で左(東)下に真っ白な湿原(尾瀬付近では田代というらしい)を見て、心が癒され次のピーク目指して登り返す元気が回復した。尾根筋は依然としてオオシラビソ林が続く。処々で古いワカン跡を追いながら登りつめると1901ピークだが、例によって針葉樹と雪の他には目に付くものはない。長須ケ玉山からずっと新雪がついていて、壷足では踝までの沈みがボディブローを食らっているようだ。今更どうしようもないが、ワカンを持って来るべきだった。左手に枝越しに帝釈山を感じながら鞍部に下って登り返すと1878ピークの北ピークで左手が開けて、真っ白な会津駒ケ岳から大中子山、帝釈山、台倉高山とその北西尾根とが展望できた。今日はじめての展望地で、荷を降ろして写真撮影をしながらこれからの計画を考える。ここが長須ケ玉山と孫兵衛山のほぼ中間地で、これから孫兵衛山まで2時間として孫兵衛山13時着。下山は7掛けで約6時間。明るいうちに登山口に戻るのは極めて苦しい。左惣沢の下りは暗くても迷う心配も特に危険な箇所もないが、「明るくなったら登り始め明るいうちに駐車地(少なくと登山口)に戻る」のモットーを敢えて犯す必要はない。一泊なら長須ケ玉山・孫兵衛山・台倉高山周回の可能性はつかめたので、ここが絶好の投げ場と決めて退却することにした。

5 下山(往路を辿る  左惣沢沿いの下りでは雪が緩み踏み抜きの連続
 下山は往路を忠実に辿った。長須ケ玉山西の急斜面以外はほぼ完全に残っていたトレースを追うことができた。気温が上昇したせいで雪が緩み往路で踝までの沈みの箇所でも脛までの沈みとなった。これは1714ピーク東鞍部までで、左惣沢沿いの下りはズボズボで膝までの沈みは常態に近く、何度も腰まで踏みぬいた。これを引く抜くのが難儀で反対側の脚が痙攣をする寸前となった。二度ほど両脚を腰まで落し穴にはまってしまうトラブルもあったが、返って片脚踏み抜きよりはショックは少なかった。スパッツとズボンの僅かな隙間から雪が入り、登山口に戻ったときには靴下はびしょ濡れとなっていた。今回は今までの残雪歩きにない経験ができてよかった。次の機会にはこれを生かして一泊で周回をすることを誓って帰路についた。 
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