ひとり山歩き240 : 今年最初のヤブ山として藤原町(現日光市)の南平山から大日向山まで尾根伝いに歩いてきました。南平山の南稜はシノダケが密でしたが、以降はミヤコザサで予想よりは楽な歩きができました。標高が低いので展望は期待できません。
南平山(1007) 〜 大日向山(1176)
2006年5月6日(土) 晴れのち曇り
1 行程
ルートマップ 
自宅(2:55) = 小網ダムサイト(4:30/4:40) − 南平山登山口(4:45) − 送電線鉄塔(5:10) − 南平山(6:10/6:25) − 981ピーク(6:50) − 952ピーク(7:25/7:40) − 石祠と馬力神の鞍部(8:00) − 1036ピーク(9:20/9:30) − 148号鉄塔'9:40) − 147号鉄塔(10:20) − 大日向山(11:25/11:50) − 下山開始(12:10) − 田茂沢林道出合(12:35) − 県道23号出合(13:25) − 小網ダムサイト(14:10/14:15) = 自宅(16:25)

2 自宅 − 小網ダムサイト
 今年に入ってからは、スノーハイクと残雪歩きを堪能した。今シーズンは積雪が多かったのでまだ残雪歩きはできるが、5月を区切りにヤブ山歩きに切り替えることにした。今年の重点は福島県境尾根、特に田代山峠から男鹿岳までの未踏部分を早期に歩くことである。というものの県境尾根には雪が残りヤブ漕ぎにはまだ早い。ヤブ漕ぎ復帰は、昨年計画倒れになっていた藤原町(現日光市)の南平山から大日向山まで尾根伝いに歩くことにした。
 尾根筋のヤブの深さによっては、西側の田茂沢または東側の逆川にエスケープすることもあり得る。どちらでも対応できるように駐車地は小網ダムサイトに駐めることにした。当然のことだが、1000m級の山には雪はない。

3 南平山  急勾配だが整備された登山道をジグザグに登る  200mごとに道標あり南平山山頂
 ダムの右岸に沿って小網ダム遊歩道を北進し、二回目に木橋を渡ったところに南平山登山口の案内板がある。黄金埋設伝説やコース概要が書いてある。コースは全長3.8kmで往復5時間とあった。 案内板の所から小さな沢の左岸を登ってゆく。沢から離れてジグザグに登ると東尾根の鞍部に達する。ここには送電線鉄塔が設置してあり、下方に県道やトンネル、川治元駅方面が展望できる。
 鉄塔からは東尾根をジグザグに登ってゆくが、登山道には200m毎に道標が設置してある。やがて林床は短いミヤコザサとなり、急勾配だが登山道はよく整備され、しかもジグザグ登りで苦痛は感じない。途中で登山道は左右に分かれる。右に進むと山頂まで1.6km、ここは左の山頂まで1.5kmに進む。登山道に小岩が目に付きだすと、小さな東屋の休憩所が設置してある。正面には高原山が枝越しに見えるが他に展望はない。山頂までは残り約800mとなる。更にジグザグに15分も登ると、突然目前に「南平山山黄金伝説」の説明板が目に飛び込む。ここが南平山山頂で三角点と山部氏、RK氏と黒羽山の会の山名板が目に付く。樹木で展望はよくないが高原山と女峰山が枝越しに窺える。

4 南平山 − 大日向山  途中まではシノダケ藪、以降はミヤコザサ  思ったよりは楽な尾根歩き   展望は期待できない
 南平山の南尾根には踏跡はないが、藪もなく快調に下った。ヤブはどこでお出ましかと思った矢先に次のピークの登りで胸ないし背丈のシノダケが前途を阻みだした。シノダケの下には、獣道というよりは踏跡と思われる筋が付いているのでヤブの抵抗は少ない。30分足らずで辿りついた981ピークは灌木とシノダケの小ピークで、もちろん展望はない。鞍部の石祠と馬力神
 981ピークを少しばかり下ると右前方(南西)に大日向山と白根山、左手(東)に高原山が展望できた。高原山以外に遠望できたのは今日のコースではここだけであった。950m級の小ピークをいくつか越しながら進む。相変わらずシノダケのヤブが続くが、ヤブの中にやや窪んだ筋が続き抵抗感は少なかった。この筋は山仕事によってできたものと思われる。尾根の途中で住所・氏名・登録s凾ェ記入された小さなプラスチック板が樹木に掛けてあった。時には人が立ち入ることを示している。右前方に大日向山を感じながら歩いていると右下に田茂沢林道を垣間見ることができた。程なく着いた952ピークはミツバツツジが多く笹薮は薄い。ここまでもミツバツツジの樹は多数見かけたが開花しているのはごく僅かであった。
 腰下のシノダケとなり足取りも軽くなる。小ピークをひとつ越すとシノダケから低いミヤコザサに変わり快調に鞍部に下ると、南を向いた石祠とその30mほど先に馬力神の石塔が祀ってあった。注意してあたりを見ると右下(西)へごく薄い踏跡が下っているのが認められた。馬力神には田茂沢、五十嵐、大正十二年の文字が辛うじて読み取れた。
馬力神とは『日本民俗大辞典』(福田アジオほか/編 吉川弘文館 1999)によると「馬の守護神。自然石に馬力神と刻んだ石塔が栃木県や宮城県で見られるが、その大部分は愛馬の供養のために造立されたもので、神名のほか、紀年銘と造立者を記すだけのものが多い。馬力神の石塔は栃木県下都賀郡壬生町南犬飼北坪の1851年(嘉永4)例が現在知られる最古のもので、幕末に出現し、明治時代にもっとも多く造立された。」と説明がある。・・・栃木県図書館レファレンスによる。  http://www.lib.pref.tochigi.jp/reference_ex/allr/tr040.htm 
 石祠と馬力神の鞍部から先は、ごく一部にシノダケが認められるが殆どが踝ないしすね程度のミヤコザサで、900mないし1000m級の小ピークを越して南西に進む。両サイドが沢の尾根筋だからルーファンは極めて簡単で間違いようがない。ただし、万一のエスケープを考えて現在位置は確実に把握しながら進む。次の目標ピーク手前の1000mの小コブとその先で黒テープを見かけた。田茂沢から登ってきた人が付けたものであろう。今日のコースでテープを見かけたのここだけ。すぐ先に送電線鉄塔が見え出す。数分で下郷線148号鉄塔下にたどり着いた。鉄塔周りは樹木がないので、大日向山が展望できる。大日向山頂
 大日向山への登り口である送電線鉄塔147号は北西にあるが、東電巡視路は尾根に沿って南西に続いている。巡視路を忠実に辿れば147号鉄塔へ行けることは、昨年4月8日に栗山ダムから大日向山に登ったときに推測できた。この先は忠実に巡視路を辿ることにした。鉄塔から10分ほど尾根筋を登ると左(南)へ149号鉄塔への巡視路を分ける。更に数分登ると尾根筋から別れて147号巡視路は右(北)へトラバースとなる。途中の木橋が崩落していたが、巡視路はよく管理されていて歩きやすい。多少のアップダウンはあるが50m程下ると鉄塔147号にたどり着く。ここからは大日向山は目の前に聳えている。急勾配が目に付く、あと1時間ほど苦しまねばならない。今までの歩きが楽だったので、嫌気がさすがここまで来て逃げるわけにはいかない。北東に霞んで見える高原山よりは低いと、自分を誤魔化して登りにかかる。
 先ずは目の前の1030ピークを越さねばならない。この先もミヤコザサが続き踏跡はない。1030ピークを難なく越したが、鞍部からの急斜面登りがつらい。最近の残雪歩きではピッケルに頼っていたが、あまりの急斜面でピッケルを使って登れば楽だろうにと嘆く。掴まるものが少ないので、重い体を引き上げるのに苦労する。右から田茂沢左岸尾根が目に付きだすと、ササは深くなり胸高となる。昨年来たときには残雪が薄く覆っていたので楽だったが、今日は笹が完全に立ち上がっているので歩きづらい。尾根を合わせてからさらに北西に笹薮を漕ぐが緩やかなのが救い。右手の樹木が切れて高原山が見えるとすぐ先に山名板が見えて大日向山の山頂に着いたことを知る。山頂には三角点と三枚の山名板(山部、RK、栃木の山紀行)が確認できた。樹林のなかで展望はよくないが赤薙山と高原山が辛うじて見える程度。

5 下山  長い道路歩きが待っていた
 すぐに田茂沢林道に下るつもりであったが、途中の藪漕ぎが予想よりは楽で、時間が稼げたので田茂沢左岸尾根をできるだけ進んで林道に下ることにした。一旦、南東に戻り左岸尾根に乗る。この尾根筋も胸高の笹薮が密であるが、下りなので大した抵抗にはならない。所々で赤テープが見えた。大日向山に登るには田茂沢林道から適当なところで尾根に取り付く人が多いようだ。鞍部から登り返した1050ピークから枝尾根が派生している。この先も胸高の笹薮が続く単調な尾根でルーファンの楽しみも期待できない。あまり調子よく進んでしまうと、田茂沢林道は舗装してあるのでコンクリート壁で下りれなくなってしまう(今日はロープを持っていない)可能性がある。目的は充分達したのだから、これ以上無理をする必要はない。
 1050ピークから植林の混ざる枝尾根筋を下る。途中で尾根筋が二つに分かれる。左が本筋のようだが、戻るのも面倒とそのまま下り続ける。途中で浅い谷筋を下ると田茂沢林道に下山できた。林道は舗装はしてないがよく管理された道路で途中で何台かのRV車に出合う。林道を30分ほど下ると、ゲートがありその先は舗装道になっている。案の定、斜面はコンクリートで固めてあるのでロープがなければ下りられそうにない。約50分の林道歩きで、県道23号にであう。
 県道を駐車地に戻るには大小三つのトンネルを通らねばならない。トンネル内は側溝の蓋の上を歩くので、対向車が来ると前方が見えづらくなる。蓋が破損していたらと危険予知し、やり過ごしてから歩くようにした。最後の川治第一トンネルを出たときに、安堵感ただようも駐車地までは更に辛い舗装道歩きをせねばならなかった。
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