ひとり山歩き239 : 白滝沢林道からひょうたん峠に登り、鹿又岳まで歩いてきました。ひょうたん峠まではヤブなしで快適な歩き、鹿又岳までは雪庇歩きで恐る恐るの山行でした。会津の山々の展望を楽しむことはできました。
白滝沢林道からひょうたん峠〜鹿又岳(1817)
2006年4月26日(水) 晴れ
1 行程
ルートマップ 
自宅(0:35) = Jobsおじか(2:40/2:55) − 白滝沢林道口(3:50) − 朽ちた石橋(4:15) − 朽ちた木橋T(4:30/4:40) − 朽ちた木橋U(5:10) − 林道折返し点(6:10) − 1472ピーク(7:20) − 主稜線(8:30) − ひょたん峠(8:50/9:10) − 1758ピーク(10:15) − 鹿又岳(11:25/11:50) − 北西尾根標高点1458(12:35) − 白滝沢林道出合(朽ちた木橋T)(13:45/13:55) − 白滝沢林道口(14:35) − (途中便乗で20分短縮) − Jobsおじか(15:00/15:15) = 自宅17:35)

2 自宅 − Jobsおじか
 前回の横川から大佐飛山で残雪歩きも終わりと考えていたが、白滝沢林道経由でひょうたん峠へ残雪期に歩いておきたいとの意欲が湧き上がり、早速実行することにした。ひょうたん峠から日留賀岳まで、ダメなら鹿又岳までとの計画をもって早朝に家を出る。今月に入って三回目の男鹿山塊でしかも横川のJobsおじかスタートで慣れたもの。気温は4℃、もっと下がってくれればと思いながら身支度を整える。

3 白滝沢林道 − ひょうたん峠  途中までは林道と廃運搬路を辿る  ヤブは残雪の下で快適な歩きができた
 男鹿川沿いの林道には残雪はない。尾ケ倉沢(袂に「オガクラ林道(自動車道)」の標識あり)にかかる橋を渡って20分ほどで右手に遮断機を見る。ここが白滝沢林道口(正式名は不明、塩那道路を敷設する際に資材運搬に用いられた道路)で、男鹿川林道に分かれてこちらに進む。雪は断続的に残り、今までの林道歩きに比べ勾配がきつくなる。やがて残雪は連続となり、枝沢に架かる朽ちた石橋(その後、木橋と確認)を渡る。
 数分進むと何枚もの山葵とるなの看板を見かけ、本来の道筋は崩壊していて斜面歩きを強要される。道筋が安定して少し進み朽ちた木橋Tを渡って白滝沢の左岸を廃運搬路が続く。道路は沢から30m程の高いところに敷設してあり、右手には石垣が残っている。道筋には樹木が生え、道端にには強烈なネマガ会津の山と平坦地(標高1690)リダケが姿を現している。雪が消えるとこのあたりからはヤブ歩きとなることが推測できる。朽ちた木橋Uに出合うが、隙間があって飛び移れそうになく沢へ下りて渉る。
 道筋は崩壊箇所が多く岩がゴロゴロしていて、水が流れ恰も沢歩きをしているような感じがする。それでもヤブ漕ぎに比べたらずいぶん楽だ。道筋が折れ曲がりカラマツ林の中を高度を上げてゆく。道筋は残雪で斜面となったので、アイゼンを着用して山腹歩きに備えた。カラマツからミズナラ等の自然林となって、暫くすると南への折返し点にさしかかる。。斜面歩きで歩行ははかどらない。ここで直登してやろうと急斜面に取り付いた。ところが大変、斜面が凍結していてピッケルが刺さらない!! 場所によっては二度うちを余儀なくさせられる。何度打っても穂先しか刺せないこともあった。疎らとはいえ樹木があるので、恐怖感は起こらない。樹木がなかったら恐ろしくてこんな斜面に取り付こうなどという考えは起こらなかったであろう。100m強登るのに40分も要した。労多くして益少なし!! 
 道路跡の斜面歩きに戻ったが、再び南に折れ曲がる付近でひょうたん峠道筋を失ってしまった。幸い勾配は緩やかになっていたので、ひょうたん峠目指して適当に歩き出した。前方に山部さんがひょうたん峠から下るときに辿ったという1472ピークが見えたので寄ってみた。特別どうというピークではないが、両サイドを窪地で囲まれた小ピークで一部に笹が露出していて無雪期の密ヤブが推測できる。このあたりは勾配が緩やかでどこを歩いてもよいのだが、現在地を知るために右となりの南東に向かう低い枝尾根を進むことにした。雪の表面は磨いたようにツルツになっているが、滑ることもなく気持ちよく歩けた。標高1500付近からブナとダケカンバが目立つようになり、後方には会津の真っ白な稜線が展望できた。地形図の破線(運搬路)は北東に向かっているので、これに合わせて方向を変える必要があった。方向修正がやや遅れたことと少しばかり東よりだったせいで、シラビソ林の小尾根に突き当たってしまった。低いから乗り越してやろうと尾根上に登ったが、一旦下がるのはもったいないので、そのまま小尾根に乗って東北東に進み塩那道路の走る主稜線を目指すことにした。目の前に笹薮が出現してこれを10mほど漕ぐと主稜線に出合った。そこはひょうたん峠の南に位置する1717ピークの南鞍部であった。塩那道路は斜面ではっきりしないので、稜線を辿って1717ピークと次の小ピークを越すと鞍部にスペースハウスと記念碑が見えた。ひょうたん周辺は前回(7日)に比べて顕著な相違はなく、雪面はやや下がって笹薮が増えている程度であった。
 小屋付近から那須岳を見ると7日に比べて明らかに黒味が増しているようだ。目前に聳える1870ピーク(名無山)には顕著な相違は認められなかった。小屋からひょうたん峠に向かう塩那道路は相変わらず不明瞭。

4 ひょうたん峠 − 鹿又岳  雪庇歩きに手間取る  会津の山々が好展望  どういうわけか鹿又岳山頂には残雪なし
 先刻たどり着いた1717ピークの南鞍部から見ると鹿又岳手前ピーク群の山腹には塩那道路の道筋が窺えた。大嫌いな雪庇歩きが省略できて、あわよくば日留賀岳までと淡い期待を抱く。エネルギーを補給して、先ずは先刻の鞍部へと稜線を辿る。右(西)側には会津の白い山々が展望できるのだが、馴染みがなく同定はできない。大嫌いな裸尾根の上では地図を広げて、という気にはならない。
 稜線上にはぼちぼちヤブが現れだしている。普通の人はヤブを避けて雪庇の上を歩くのだが、小心な自分はヤブの中を歩くかヤブに掴日留賀岳(右奥)と1846P (鹿又岳から)まりながら雪庇との境界を歩くのだから歩行速度があがる筈がない(偶然後を歩いた掲示板でお馴染みの@宇都宮さんによって足取りから自分のだらしのない歩き方を見破られえてしまった)。ドンドン計画時間より遅れてゆく。1758ピークの手前鞍部で塩那道路が稜線の東側から西側に変わる。道路端には地肌が一部露出していて、比較的平坦なので、稜線歩きをやめて道路歩きに飛びついた!!  ところが道筋が平坦なのは30メートルで、山腹の傾斜に吸収されてしまった。斜面歩きは滑落の心配があるので、いやいや稜線に復帰して1758ピークを通過した。相変わらす会津側の展望はよいのだが、そんなの楽しんでいる余裕は全くない。冷静になって考えると雪庇が極端に狭いとか崩壊しそうで危険だといった感じは全くないのだが、もし滑ったら谷底まで滑落してしまうという恐怖感がどうしても拭えない(高いところに登れるのだから、本当の高所恐怖症ではない。慣れれば解決できると思いたい)。もっと危険な斜面の登下降でも樹林の中なら、それ程の不安は感じないのだが・・・
 まだ、鹿又岳は次のピークの影で姿を見せない。次の1770ピークに登ると、やっと鹿又岳が姿を現した。鹿又岳まではほんの僅か下って登り返すのだが、山頂が近づくにつれて残雪が少なくなりコメツガ、笹、シャクナゲの混合藪に前途を遮られる。何故だか鹿又岳付近は残雪が少なく、辿りついた鹿又岳山頂には全く残雪がなく、コメツガと笹で一気に夏山に辿りついた感じ。山部さんの山名板もコメツガにしっかりと付いているし、測量に用いた丸太ヤグラも一昨年の9月に訪れたときと同じだった。
 山頂からの展望は抜群で、燧ケ岳、女峰山・太郎山・白根山と日光の山並みも確認できた。大佐飛山は名無山稜線の上に頭を出している。直近には長者岳稜線のジャンクションピークとその右に日留賀岳。

5 下山  北西尾根で下山 残雪部で歩きやすいが、標高1350以下はヤブ露出鹿又岳山頂にて
 日留賀岳までは計画では2時間だが、自分の実力から見てとても無理、今日は諦める。下山は北西尾根を辿り、廃運搬路の木橋Tに下ることにした。尾根筋はコメツガとシラビソ樹林の急降下であるが、適度に雪がしまっていて歩きやすい。時にはダケカンバや黒檜が混ざる。樹木の傍を通るときに踏みぬくことがあるが、回数は少ない。
 標高1500付近になるとダケカンバが多くなり雪がやや軟らかくなるが歩きづらいことはない。標高点1458の小さなコブのすぐ先で尾根は枝分かれして北西の尾根に乗ると、カラマツ林となって更に雪は軟らかくなる。それより問題は標高1350以下になると残雪が途切れ途切れになって笹ヤブを漕ぐようになる。まだ完全に立ち上がっていないので大した苦労なく朽ちた木橋T付近の林道に無事下山できた。
 ピッケルをザックにくくりつけて、往路で暗い中歩いた林道を戻る。雪の上に足跡が残っているが登山靴とは異なる、山葵田で仕事する人のものであろう。途中の崩壊箇所で軽トラが駐まっていた。ここから山葵田の間は荷物を背負って往復するのだから大変だ。白滝沢林道口から男鹿林道を歩き。横川放牧C団地の先で、先刻の軽トラの主が便乗させてくれて約20分の短縮でJobsおじかに帰着。大宮ナンバーの大型SUVが駐まっていた。男鹿岳にでも行ったのであろうか。 
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