ひとり山歩き191 : 遊歩道で千部ガ岳に登り、栃木市/粟野町境界尾根伝いに寺坂峠経由で三峰山まで歩きました。殆どが植林の中ですが大部分は10cm程度の積雪がありました。三峰山からは南尾根を下山、、途中には昔の参詣道の名残が各所に認められました。
部ガ岳(572)〜寺坂峠〜三峰山(605)
2005年3月7日(月) 晴れ
1 行程
ルートマップ (地形図 : 仙波、下野大柿 各1/25000)  
自宅(5:25) = 千部ガ岳遊歩道口(6:15/6:25) − 護摩壇跡(7:10/7:25) − 千部ガ岳(7:35/7:45) − 片角観音入線出合(8:00) − 尾根取付き(8:10) − 600ピーク(9:30/9:50) − 615ピーク(9:55) − 421ピーク(10:40/10:50) − 寺坂峠(11:50/12:05) − 標高点540(12:40) − 三山参道出合(13:00) − 御嶽山神社奥の院(13:05/13:15) − 永野御嶽山(13:55) − 三峰山(14:25/14:40) − 南東尾根455ピーク(15:10) − 県道202号出合(16:00) − 千部ガ岳遊歩道口(17:00/17:10) = 自宅18:00)

2 自宅 − 千部ガ岳遊歩道口
 高原山探訪のYoshiさんに刺激されて、三峰山(鍋山)の南東尾根を登り、栃木市/粟野町境界尾根を辿り千部ガ岳まで歩くことにした。今年は降雪が多く、一昨日は平地でも積雪があった。多少の積雪なら反って気分転換になって面白いと委細かまわず家を出た。国道293号の尻内交差点で県道32号に進む。尻内交差点から4km先で出流山方面へ曲がらず、その800m先で左折して300m進むと右手に神社が見える、ここが今日のスタート点の鹿島神社だが、駐車スペースがない。そのまま進んで県道202号を出流山方面に走る。適当な路肩に車を駐めようとしたが、採石場が多く適当なスペースが見つからず、千部ガ岳遊歩道口に着いてしまった。
 帰りの車の回収を考えると、標高の低い鹿島神社からスタートしたいが、6km戻ると1時間あまり要する。山に登る前からダンプが通る度に舞い上がるセッカイの粉塵がたまらない。復路が辛いが逆回りにする事にした。

3 遊歩道口 − 千部ガ岳  護摩壇跡から日光連山を展望  千部ガ岳山頂部以外は薄く日光連山(護摩壇跡から)積雪
 千部ガ岳遊歩道に入ると、予想通り薄い積雪があった。ジグザグに遊歩道を進み15分ほどで尾根上に出る。気持ちよく雪道を登ると山ノ神の説明板があったので高みに登って見ると、哀れにも木の祠が倒壊していた。再び遊歩道に戻って丸太階段を登る。多少岩っぽい所を通過すると、護摩壇跡の展望台に達した。東に三峰山とアンテナ塔の谷倉山、北に日光連山が望める。山頂部は岩っぽい小広場で昔は護摩壇があったのであろう。
千二百年前、勝道上人がこの山頂から遥に男体山を望んで、日光開山の意を固めたと伝えられる。上人が日光開山を祈願して護摩修業をされ、千部の経巻を唱えたところから、千部ガ岳と呼ばれる。徳川時代末期まで日光山の修験者は、出流山に二十一日間のみごもりをしてから、日光に巡礼する。「いりみねの修業」を毎年、春秋に続けていた。ここから勝道上人が通られた足跡をたどって峰つづきに足尾から日光に参詣した。・・・説明板による
 。護摩壇先は東北側が伐採地になっているが、積雪は深く残る。日光連山を楽しみながら雪を踏みしてて千部ガ岳に向かう。ほんの僅か歩くと今度は西南側が幼木帯で日当たりが良いせいか雪は消えていた。千部ガ岳山頂にはなんの標示もないので注意していないと通り過ぎてしまいそう。南側が開けているので正面に修験場跡がある剣ヶ峰と栃木市/葛生町境界尾根が見える。

4 千部ガ岳 − 寺坂峠  積雪の尾根は気持ちよく歩けた 途中に好展望あり片角観音入林道
 千部ガ岳から雪の残る植林を北西に進むと、直ぐ先で左に観音入林道への道を見送って真っ直ぐの片角観音入線を目指す。観音入林道への分岐から土地留めの設置してある道を5分程進むと片角観音入林道に出合う。林道は尾根に沿っているので、10分ばかり雪のついた林道を歩き、林道が左へ大きくカーブするところから再び尾根に取付いた。ここから暫くは市町境界尾根を北西に辿る。殆どが植林で展望はないが、時々枝の隙間から日光連山が楽しめる。
 標高点587ピークへの下りで北向きの枝尾根を下ってしまい、20分程ロスした。こんなミスもあったが、全体として雪は踝上まであるがサラサラしていて気持ちよく歩けた。600ピークでエネルギー補給をする。このピークは南側が開けて日当たりもよく気持ちよかったが、残念にも展望は良くなかった。エネルギー補給して元気になったところで、尾根を北に5分で日光野山々(中央の尖ったピークは高谷山、手前は永野GC))  (421ピークから)植林の615ピークに達した。ここから葛生町/粟野町境界尾根を北西に辿ると不動岳に行ける。今月中にこのピークから不動岳まで辿ることを心に決めて、南東の栃木市/粟野町境界尾根に進んだ。
 615ピークの北西の600ピークからは自然林の混ざる尾根を南東に下ってゆく。日の当たる部分は雪が融けかけて歩きづらいところがあるも下りなので気持ちよく歩ける。所々に抉れた道跡らしいものが現れたり、左手が自然林になると日光連山や下のゴルフ場を眺めながらの歩き。421ピークは自然林の中だが、左(北)側は切れ落ちていてヤブを少し掻き分けると、日光連山と前日光の山々が邪魔物なしに展望できた。男体山手前の尖った高谷山と北東に赤白鉄塔の鳴蟲山が印象的に残った。
 421ピークからは400前後の小ピークを幾つか越さねばならない。鞍部から登り返すと340ピークで南東に三峰山の一部が伺えるようになった。鞍部で作業道に出合ったが、そのまま尾根に取付いた。その先の350ピークは松林でシノダケがはびこっている。ヤブを掻き分け下ると寺坂峠の切通に辿り着いた。峠から北側の粟野町よりに進んで日向で昼食を摂る。ここからはアンテナ塔の谷倉山と御嶽山神社奥の院あたりが望める。

5 寺坂峠 − 三峰山  寺坂峠から奥の院は積雪で楽な歩き  三峰山までは一部泥濘で苦労
 寺坂峠からは尾根右手の作業道を15分程進んだ所で、道はそれてゆくので尾根に取付いた。尾根に沿って抉れた道をジグザグに登って行く。尾根には10cm程度の積雪があり、植林で展望は全くなく、標高点540まで黙々と登る。ここからは勾配はゆるくなり抉れた道と離れて尾根上を歩く。次の580ピークからは向きを南から東に変三峰山山頂えて下り、更に次の小ピークを越すと踏み固められた雪道に出合う。これが三山参道で御嶽山神社奥の院に通じる。
 参道は踏み固めれていて反って滑りやすく気を使った。出合から5分で正面に鳥居が現れた。ここが奥の院で三尊像が祀ってある。2002年2月に来た時よりは南東方面の枝が払われているようで、三峰山が枝に邪魔されずに展望できた。
 奥の院から先ずは永野御嶽山を三山参道経由で目指した。スリップに注意しながら踏み固められた参道を最初は尾根をトラバースし、次いで尾根上を進む。進むにつれて自然林になると参道部は雪が融けてぬかるむようになってきた。途中からは尾根に沿って右手(南)に採石場の立入り禁止のロープが張ってある。鞍部への下りで、夫婦に出逢った。天気が良いとはいえ積雪の山に来る人もいるのだ、と変なところで感心する。鞍部への下りは勾配がきつく、更に悪いことには雪が解けて地面がグチャグチャにぬかるんでいて下りづらい。例のロープの助けがなかったら何度も尻餅をついたことであろう。ロープ様々であった。
 鞍部から登り返したところが永野御嶽山(権現山ともいう?)でその南側にも小ピークがあるが、残念ながら立入り禁止で確認できない。永野御嶽山から二・三分南東に下って、左に三峯大神への道を見送って右の三峯山に向かう。積雪に踏跡がしっかりついている。鞍部への下りでは雪が融けてぬかるんでいたが、登りになると雪の踏跡に戻り歩きやすくなった。尾根の左下をまくように登って行くと、前方が急に明るくなり三峰山の山頂に達した。
 山頂の直ぐ傍まで採石場が押し寄せている。採石場の立入り禁止看板が大きく目に付く。採石場側に展望が開けているのだが、春霞状態で景色はボンヤリしてしまった。山頂に目を戻すと立派な石祠と三等三角点に加えて5枚の山名板が祠傍の立木に取り付けてあった(97年2月8日の達筆標識を始め栃木の山紀行、小山ST等)。

6 下山(南東尾根)  南東尾根は参詣ルート  ルーファンが難しいので下山時には避けるべき
 三峰山の南斜面からは何筋も枝尾根が派生しているので、計画通りに鍋山町門沢の採石工場付近に下れるか、多少心配な所はあるがルートを間違っても迷子になることはない。安全第一を心がけること。
 磁石を設定して山頂から南東に進むと、足跡が伸びている。これを辿れば楽かもと、期待したが直ぐ傍のアンテン付近で消えてしまった。踏跡を探していたら、北向きの二体の石祠を発見した。踏跡はヤブの中へ消えてしまったようなので、磁石に従ってヤブを突っ切って南東に進む。右手に枝尾根が見えるが委細かまわず磁石に従う。標高500あたりから尾根筋が明瞭になってきたと思ったら、破損した石祠を見つけ南東尾根筋の祠(左から山頂直下、標高500、240、170)た。意を強くしてこの尾根を忠実に下り続けた。
 455ピーク付近からは雪がなくなり、岩っぽい尾根となる。標高420位で抉れた道筋が尾根を横切る。これを無視して尾根を歩く。やがて岩場で身動きが取れなくなり、右手の谷に逃げ、再び尾根に戻った。尾根上を歩くよりは谷の方が歩きやすいので以降(標高350付近)を下った。標高250位からは抉れた道筋が現れ歩きやすくなる。途中(標高240)で明治30年11月と読める壊れた石祠、更に標高170付近で明治30年11月の石祠を発見した。この南東尾根は荒れていて恰も修験道みたいだが、石祠の年代はいずれも明治30年で修験道が禁止(明治5年)以降のものであり、一般参詣ルートがあったのに違いない。
 石祠の直ぐ先で林道に出合ったと思ったら、直ぐ先で県道202号に飛び出した。右隣りに石灰工場があり、予想していた所に無事下山できた。この南東尾根筋は登りには使えるかもしれないが、下山時にはルーファンが難しいので避けたほうがよい。
 県道202号沿いには石灰採石場と工場が多く、ダンプがひっきりなしに通るので、石灰粉塵が舞い上がっている。下山後だから我慢できるが、登山前だったら登る意欲を無くしてしまうところであった。駐車地への戻りはいつもと違って登りになるのが辛かったが、5.2kmを60分ならまだスタミナは充分。3月末から4月上旬にかけて残雪のロングウォークに挑戦してみようか。 
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